確か信長は、あの折にこんな事を言っていた。
『 いつひょっこりと、うつけな儂が顔を出して来て、とんでもない大事を引き起こすか分からぬ 』
『 そうなった時は、その刀を抜いて、うつけとなった儂を諌めて欲しい。無論、万が一の時は儂を刺し殺しても構わぬ 』
…と。
まさか信長は、葬儀の場での無礼な行いを恥じて、自分を刺してくれとでも頼みに来たのだろうか !?
意外と律儀なところがある信長の事だ、有り得ない話とは言い難い。【改善脫髮】四招避開活髮療程陷阱,正確生髮! -
「如何した?急に黙しおって」
「…い…いえ」
「妙なおなごよのう。──まぁ良い。とにかく、その刀をこちらへ」
「え!?」
「儂はその刀を…」
そう話しながら、信長が短刀を奪おうと手を伸ばしてくる。
濃姫は思わず差し出した短刀を引っ込め、力強くかぶりを振った。
「なりませぬ!そのような事!」
「ならぬじゃと?」
「確かに、先達てのご葬儀の場での殿のお振る舞いは、遺憾極まりないものでございました!
…ございましたが、だからと言って、これしき事で死の道を選ぶ必要などございますまい!
あれはきっと、殿なりの深いお考えがあった上での行いであると、亡き大殿様も空の上からお分かりに──」
「葬儀の場?死の道? お濃、そなたの考え違いは甚だしいのう」
信長は軽快な笑い声を立てると
「儂はそなたから、その短刀を譲り受けたいだけじゃ」
「─?」
「聞こえなんだか? その短刀が欲しいと申しておるのだ」
仄かに笑みの残る真面目顔で、濃姫をひたと見つめた。
姫の整った眉が怪訝そうに寄る。
何故 信長が突然そんな事を言い出したのか、俄に見当が付かなかった。
彼への信頼と忠誠の証として、短刀を信長に預けようとした事もあったが、
濃姫の心情を思いやってか、信長本人の手から一度返されているのだ。
それを今また、何故欲しいなどと言うのか…?
「畏れながら。如何なる理由で、この刀をご所望あそばされまする?」
「何故訊く? 一度は儂にくれようとした物ではないか」
「左様ではございますが…」
明らかに戸惑っている様子の濃姫を見て、信長はほくそ笑んだ。
「良かろう。気になるのならば教えてやる。実はのう──もう間もなく妹のお市が齢五つの誕生日を迎える。
その祝いとして、そなたの刀を作り直させ、守り刀としてお市に贈りたいのじゃ。
あの者が誕生の折に親父殿から賜った刀は、ふくらの部分が欠けてしもうて難儀な事になっておるようじゃからな」
濃姫は思わず耳を疑った。
からかわれているのかとすら思った。
「殿…。いったい何のご冗談でございましょう…?」
「冗談ではない。お市は母を同じくする儂の可愛い妹じゃ。その妹の誕辰の祝いに、そなたの刀をくれてやりたいのだ」
「……」
「その短刀はなかなか良い刃をしておる故、織田家の木瓜紋を入れ、柄と鞘の部分を朱漆塗りの物にでもすれば、今よりもずっと映えるであろう」
「…し、しかし…これは」
濃姫は動揺を帯びた瞳で、手の中にある短刀を見つめた。
信長がどうしてそんな事を言うのか、まるで理解が出来なかった。
この短刀が自分にとって如何に大切な物かは、彼とてようく知っているはずである。
少なくとも信長本人が所持してくれるのであれば、まだ素直に短刀を差し出せていただろう。
だが、これを受け取るのは彼のまだ幼い妹姫。
それも一度作り直してから贈答すると言うではないか。
信長が本気でそんな事を考えているのであれば、濃姫にとってはショック以外の何ものでもなかった。
「どうじゃ、お濃。その刀、儂にくれるか?」
信長が訊くものの、濃姫は答えられない。
すぐに決断出来るような事ではなかった。
「………」
信長は沈黙している姫の前で、軽く溜め息を吐くと
「相分かった。暫し時間をくれてやる故、ようく考えよ」
「殿…」